自戒のために

いつでもこの考えに立ち返られるために。
この記事、いつも先頭に持っていけないかな?
私、忘れっぽいから。



他人に求めてはいけない。

己の最大の理解者は自分自身と知れ。




他人はあくまで他人であって、
私とは違うのだ。

何を良いと感じ、何を悪いと感じ、
何を好み何を嫌い、何に興味があり何に興味がないのか。

それは、人の数だけある。
全く私と同じという他人は存在しない。


たとえ好みが似ていたとて、それはあくまで『似ている』に過ぎない。
『似ている』は『同じ』ではない。
『似ている』相手に『同じ』を求めるのは、さすがに理不尽と言わざるをえない。



毎回一度の例外もなく、ある事象に対して私と同じ思いを抱ける他人はいない。
いるとすればそれは他人ではない、私自身だ。

だから、他人に求めてはいけない。
己の最大の理解者は、自分自身しかいないのだ。
これを、決して忘れてはならない。
理解してくれる他人とは、本当に有り難き、つまり『居たら凄いよね』という存在なのだということを、肝に命じなければならない。
そしてそんな他人であったとて、私の考えを全て肯定できるような存在は絶対にいないということをいつも認識しておかなければならない。



他人に押し付けてはならない。

他人を否定してはならない。

独り善がりになってはならない。

自信作ほど、疑わなければならない。




嗚呼、

恥ずかしいことをしたなと思う。
恥ずかしいことをしたなと思う。
あんなことをしなければよかった。
少し考えれば、開示のリスクを伴うことは分かったはずだ。
打てる手は他にもあった。
なのに私は迂闊にも悪手を選んだのだ。
嗚呼、
嗚呼。
恥じ入るばかりだ。

せめて『他人は他人』と弁えた上での行動であったなら、開き直りができていたなら、まだ恥は軽かった。
恥の覚悟が、私には足りなかった。




「きっとあの人にも、私がそうであるように、同じように気に入ってもらえるだろう」

『きっと』ってなんだ。
そんな根拠がどこにある。
他人は他人だ。私とは違う。
それが事実だ。

今までがそうだったから?
好みに合いそうだと思ったから?
他人は他人であって、私とは違うという事実を覆すにはあまりに貧弱な理由だ。



私は反省しなければならない。
このままでは、私との距離を計り損ねた例の彼女と同じになってしまう。
自分を手放しで理解し共感してくれるだろう、などという期待が、相手にとってはいかに重いもので、またそう期待すること自体がいかに滑稽で愚かかということを、私は知っているはずだ。

なのに私はそれをやろうとしたのだ。
彼女と同じように。
ほとほと己に愛想が尽きる。



盛り下がる話で申し訳ないけれども、自戒として書かせて欲しい。

また同じ事を繰り返さないために。
未来の愚かな私をきつく戒めるために。






残念だが、本当に私は人間関係の構築が苦手らしい。

認めなければなるまい。

そしてそれを改めて自覚した以上、手も打たねばなるまい。




他人は他人。

私とは違う。

他人に求めてはいけない。

己の最大の理解者は、自分自身だ。



忘れてはならない。

決して、忘れてはならない。

己のためにも。
他人のためにも。



嗚呼。

はあ。

何やってんだろな、俺。
恥ずかしい。