不品行ってなんだろう

□今日の掃除
廊下の掃き掃除と冷蔵庫の食材整理


※水汲み道中でわけわからんこと書いてます、スルー推奨。
※セックスセックス連呼してるので、運営さんからお叱り受けるかも。


クリスチャン、殊にクリスチャンホームで育ったクリスチャンが嫌がる話題として、セックスの話がある。

まあ婚前性交渉なんて言葉が死語になってるようなご時世だから、多くの教会で教えられるであろう「セックス他イヤラシイことは、するのはもちろん口にするのも不品行!」的な価値観に小さい頃から慣れ親しんでいるクリスチャンホームの子は、「世は罪で溢れてるんだ!自分は染まらないように気を付けなくちゃ!」って息巻いてると思う。
そしてそんな自分を誇らしく思ってると思う。



私が不勉強なのだろうか。

いったい聖書のどこに「セックスは悪・罪」なんて書いてあるのだろう?



創世記、ちゃんと読んでるのかな?

「生めよ、増えよ、地を満たせ」という神のお達しは、セックスしなきゃ実現できんだろ?
つまり神は、セックスありきで人間を、……というよりほぼすべての生き物を創造してるということだ。

ゆえに。
セックスが罪なわけないだろ。
神を罪人扱いする気か。



酒は百薬の長というが、過ぎたるは毒だ。
セックスも、もとは愛を深めるのにとてもよいものだが、快楽の要素が強いので使い方を誤りがちだという話だ。
そして誤った使い方をすると、浮気だの不倫だの性病だの望まぬ妊娠だのといった問題にぶち当たるわけだ。

……まあセックスをしたことがない私が言っても、説得力がないのだが。





そうとも。

私はツレとしたことがない。

したいけど、できない。
これはもう、仕方のないことだ。



それでも私は一人遊びでセックスの気持ちよさを疑似体験しているから、これが愛する二人で行われたのならさぞかし麗しい、喜びに包まれた交わりとなるのだろうな、というのは想像できる。


私が時折エロを描くのは、煩悩ももちろんあるが、セックスほど愛を深く感じ、また相手自身を感じ、一体となる喜びを味わえるものはないだろうな……という、私の憧れも強く滲み出ている。

バーナードやビクターはヤンチャをするが。
大丈夫。後々、「ああ、そういや憧れがどうとか言ってたな」っていう描写が出てきますから。



オーガは性欲が強い分、相手を求める気持ちも相手に求められたい気持ちも強い。
だからもう、どっぷり愛し合ってくれるのである。
これがもう本当に好きだ。
描いててたまらない。

ウォルターもハワードも、
相手が好きで好きで堪らない。
もっと相手が欲しいし、自分を与えたい。
自分が気持ちいい時に、相手も同じように感じてくれているという感動。
そして訪れる、「ああ、今、私とこいつは1つになっている」という、自分と相手が融合したような一体感。自分の中に相手が入り込んできて、また同様に自分も相手の中に入り込むのだ。この感じ、伝わるだろうか。
聖書的に言うなら、「これこそ私の骨の骨、肉の肉」である。


想像するだけで気持ちよくなれるな。うん。


バーナードなんかはそれが支配欲として表出するが、求め、求められたい気持ちは変わらない。
ただ、真の意味で相手と愛し合うことはできないんだけどね。職業柄。それがバーナードのチャラさにも現れている。


まあとにかくウォルハワに関しては全力で濃い愛し方をしてくれるので、とてもいいです。
そしてそれにはセックスが欠かせない。
こんなにもディープに求めあう行為は、セックス以外にないと思うぞ俺は。
そんで、ディープだからこそ相手も選ぶものだと思う。





なんか思い付くままに色々書いたが、結局言いたいのは、

・セックスは本来究極の愛情表現であること

・私はそういう価値観に基づいて漫画を描く

ということだ。
見る人によってはエロ成分が足りないかもしれないが、その場合は許してほしい。





……でもさあ。

人と人が気持ちよく溶け合うのって、なんとも官能的じゃない?そう感じるの、俺だけかなぁ。。。