やる気が出ないー

□今日の掃除
サボり



ツレが再び主張に旅立って行ってしまった。
なんかもうやる気が起こらん。



飯かー。めんどくせえなー。

掃除かー。めんどくせえなー。

ゲームかー。めんどくせえなー。

筋トレかー。めんどくせえなー。

お絵描きかー。めんどくせえなー。




せっかくの休みに、こんな調子。
ぐだぐだぐだぐだ。

かといって、寝るのもなんかダルい。
頭も痛いし、どうにも不快だ。



とはいえ、ずっと考え事はしてるので、とりとめもなくぐだぐだと。
もう酷い記事になるの確定だな。




■本編描けない

いい加減本編描きたいんだけど、あれ始めたらまたしばらく関係ない話に寄り道できなくなると思うと、今のうちに目一杯寄り道しちゃいたいな、とか思ってます。

本編描いてる間に、プロットは倍以上の速さでどんどん進んでいきます(電車で移動中とか、水汲みの行き帰りとか、寝る前とかで思い付いたネタを携帯のメモ帳に書いてる)。
プロットが進むとキャラも増えるので、本筋とサブストーリー合わせて、物語の数は爆発的に増えます。

単発の話だとすぐに仕上がるので満足度が高いけど、長編だと終わりが見えません。
おまけに若干シリアス。
これは下がる。

しかもシリアス長編中におふざけ単発話を放り込むと、なんか雰囲気壊しそうでなぁ。
気にしすぎかもしれんけど。
そう思うと、5話を始める前に、こういったどーでもいいようなサブストーリーを消化しておきたいなー、なんて思ってしまうわけです。

本編あくしろよ、って方には申し訳ない。
しかし、特に今回のアレックス被害体験は、今を逃すと描けなくなっちゃうからな。今後のストーリー展開上。

そんで、申し訳ないついでに、もう一回くらいは本編に関係ない話ぶちこむかもしれません。
ごめんちゃい。

本編については、文字でよければいくらでもアップするので、ないとは思うけどご要望があればメッセージください。
もちろん漫画にする際多少内容を変更するかもしれんけど。



■性生活が変かもね

「会ったらとりあえずヤるのがゲイの恋愛の手順」みたいなことが、ネットに書かれていた。
そういう話は割とよく見かける。
付き合う前にヤるどころか、付き合って10年は余裕で経ってるのにまだ一度もしたことがない我々はなんなのだろうな……。

私はクリスチャンの家庭で、ご多分に漏れず性の話は人一倍タブーだった。
でもってツレもお父さんが大変厳格な方で、性に関する情報はシャットアウト状態だった。
しかもお互い発達障害のケがあるので、言われたことはルールとして頑として守ってきた。

そんな二人が出会ったわけだ。
お互いどーすりゃいいか分からなかった。
お互い脳内で『恋人』に関する定義を必死に打ち込んでいるような状態だった。そもそも恋人って何?友人とどう違う?独占は許される?恋人同士になったら何をするもの?デートは週何回?連絡頻度は?……みたいな。
まともに恋人として付き合うのも、お互い初めてだったしね。
手を繋ぐのも恥ずかしい。
家に行くのもためらわれる(付き合って一年くらいはお互いのアパートの場所すら知らなかった)。
キス?無理に決まってんだろ!
セックス?なにそれそんな言葉は辞書にありません。的な。

思えばすんごい初々しい恋愛してたなと。
セクシャルマイノリティの中のさらにマイノリティなのかもしれん。
今では私からツレにセクハラを働くくらいにはレベルアップした。

私は自己開示をほとんどしてこなかった上に引きこもりだったので、一般のゲイがどんな考え方や行動をするかは分からない。が、少なくとも私が一般のゲイとは外れているのだろうなということは分かる。ネットサーフィンするたびに、そこはかとなく感じる疎外感。
多分俺はお仲間には入れないだろうな、話合わないんだろうなって思う。

ネットで出会う、というのは怖すぎて無理だった。
というか、私自身の情報を大っぴらに公開することが怖すぎて無理だった。個人情報を晒してゲイバレする危険を冒してでも素敵な人に出会いたい!という気概が私にはなかった。孤独死上等。
ちなみに今でもネットでの繋がりの人とリアルで会うのは無理だ。どんなに仲が良い人でも、それだけはどうしても無理だ。クソチキンと呼んでくれて結構。

そんな特殊な性事情のおかげで、「俺達変なのかなー」なんて時々思う。
まあカミングアウトはしてないし、恋ばななんてする相手もいないから、別に気にすることはないのだろうけどね。
『どうやら一般的なゲイとは違うらしい』というのが、ちょっとショック。うまいことフツーの人に擬態してきたと思ってたのに。

『一般』ってなんだよ!
多数派が正義なんて誰が決めた!
って思ったりもするが。

うんまあ。
色々ぐちゃぐちゃ考えてる。



■オリジナルと企画

pixivの話。
一次創作といわゆる企画交流では、漫画の方向性が少し違う気がする。

企画交流は、自分のキャラが1人~数人なのに対し、他人のキャラが多数(企画参加者人数分)存在する以上、他人のキャラとの交流がメインとなる。
また、それが求められているだろうと思う。
他人のキャラを使うのは、気を遣うし難しいことだとは思うけどね。

仮にこの企画交流の場で、自分のキャラのみ、あるいはのみとまでは言わずとも、ほぼ自分のキャラだけが大半を占める漫画を上げるとどうなるだろう。

自分のキャラの過去話(ここで出てくるキャラは自キャラとモブ(自キャラの親とか友人とかいじめてきた相手とか))。
自分のキャラの一人考え事。
自分のキャラ同士のみが喋って盛り上がっている場面。



こうは思わないだろうか。

「オリジナルでやれ」と。



得てしてこういう漫画は評価やブックマークが少ない。
「うちのキャラのこともっと知って!」という思いは分からんでもないが、読んでいるサイドとしては、まあ感覚的にはお喋りしてる時に「私はね、私がね」と一方的に捲し立てられているような感じだ。

かような『うちの子劇場』、別にやるなとは言わないけども、あまり企画参加者からは好かれていないのが、その企画全体のブックマーク数から見ても明らかだったので。
描きたいなら描けばいいと思うけれども、それでブックマークが少なくても文句を言ってはいけない、という話だ。

そういうわけで、「うちの子はうちの子は」とやたらうちの子偏重な漫画を『交流』として上げられていると、なんとなく白けるのが私の感覚だ。
それ交流じゃないよね、オリジナルで書き直せばいいんじゃないの?って思ってしまう。それではだめなんだろうか。

それともう一点、うちの子劇場は大変絡みにくいという特徴がある。
交流としては致命傷だ。

過去話。
これは本当に自キャラだけでやられると、その過去を拾うか拾わないかで悩む。
拾うにしても、どう切り出すか展開に悩む。
拾わないのも無視しているようで居心地が悪い。
だからといって拾うのも難しい。

一人考え事も同じ。
誰にも何にも発言したり行動したりしないまま悲しんだり悩んだりしてても、どうやってそこに絡んでいけばいいのか分からない。
他キャラが颯爽と現れて自キャラの様子がおかしいことに気付き、「どうしたの!?」って気にかけてもらえるのが理想なのかもしれないが、なんかもうそれを描くことになる他キャラサイドとしては【取って付けた感】満載で、正直結論ありきというか、交流というよりはそのキャラを持ち上げるために役回りをやらされてる感がある。
少なくとも私だったらやりたくない。
ヨイショ要員にされるのが好きな人にはご褒美かもしれないが。

自キャラ同士のみで盛り上がる。
これも自キャラ同士で完結していらっしゃるので、他者が口を挟む余地がない。
ほんとオリジナル作品を見ている気分になる。
何度もいうが、それが悪いとは思わない。けれども、

交流のしにくさは異常。

作者としては、そのキャラのことが把握できる。
けど、把握できることと交流できることとは話が別だ。
もし分かりにくければ、私のオリジナルキャラであるウォルターとバーナードが過去を懐かしんでる場面に自分のキャラを絡ませる展開を考えてみてほしい。

すっごい漫画にしにくいと思うから。



これらは、一次創作でするならば別に普通のことだと思う。私もよくやるしね。
けれども、それと同じノリで企画交流の場でもやるのは、ちょっと違うと思うのだ。

交流が返ってこなかったり、評価やブックマークが少なかったりするのは、そのへんが原因かもしれませんね。と、読者サイドからの考察でした。






──ついでにな。

「考えてたネタあったのに、展開早くてボツになった」

って呟くのな。



分からんでもないが、

それ見た相手が交流止めても、「返してくれなくなった」とか文句言わないようにね。




相手の心情としては、



「じゃあもうお前の好きに描け、俺は知らん」




だと思うから。